新年に思う
年が明けて三週間しか経過していないのに、正月はもう遠い過去のことのようだ。昨年末から続く価格交渉が不調にに終わり、遂に俺の最大の顧客である半導体メーカーが他社製品へと舵を切った。つまり、俺は大きなビジネスを失った事になる。この責任をどう取らされるかは分からないが、俺にとって今年は昨年にも増して厳しい年になろう。
・・・そんな中、GOSSYのメンバーから飲み会のお誘いが来た。顧客との最終交渉の正にその日に皆と顔を合わせた。珍しく7人全員が顔を揃える。それぞれに色いろあるようだが、俺以外はむしろプライベートで問題を抱えているようだ。会社の友人も昨年離婚したし、現在の日本では家庭を築き、それを維持するという当たり前のことが難しくなってきているようだ。
「幸せな家庭は同じように幸せだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸だ」
何も、俺や俺の友人たちが不幸だと言っている訳ではない。ただ、今年になって、この言葉を思い出す機会が多い。
これはロシアの思想家、小説家であるトルストイの言葉である。単純だが含蓄深い言葉である。幸せに必要なものは幾つかある。そして、どれが欠けても幸せにはなれないのだ。俺は人が幸せになるために必要な条件は四つあると思う。人、健康、金、そして仕事だ。どれも必要以上に多くても幸せに寄与しないが、無くなると途端に窮乏するものばかりだ。そして、どれが欠けるかによってそれぞれ異なった不幸の形となるのである。
現在の日本は、いや世界中がそれに近いが、アメリカ型資本主義に席巻されている。経済の成長と市場の効率性ばかりが重視され、それ以外の価値が相対的に低いものとなっている。
幸福にはバランスが大切だ。経済が単独で突出しても、それは幸せに寄与しないしない。
気の置けない友人との久しぶりの飲み会は、仕事で曇った俺の心を晴らしてくれた。これこそが、幸せと言うべきだろう。




































































































































































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